大学入学試験 受験

日時 : 1962年03月  場所 : 大阪大学・島根大学

  1962年2月〜3月、大学受験の季節を迎えた。1期校はどこを受験すればよいのか、2期校は
  どこをにすべきか?自分の実力、学校の難易度、等々を考慮しどこを受ければよいのか自分では
  正直言って分からなかった。担任の教師と相談の結果、1期校は大阪大学、2期校は島根大学
  を受験することになり、願書を提出した。
  1期校を受験するに当たり、大阪の親戚の家に約1週間泊めてもらうことになった。ひとりで大阪に
  出て来るのは初めてであり少し心細かったが、中学時代の同級生で既に大阪で就職している友人
  久吉君がいたので連絡を取り、案内をしてもらった。受験する大学の事前の下見にも彼と一緒に
  行って確認することが出来た。通天閣界隈で旧交を温めることも出来た。
  試験の内容としては、理数系の問題は非常に難しく感じた。志望が理学部物理学科であったため
  合格は半信半疑であった。結果発表はやはり不合格であった。
  1期校受験後、横田に帰り次の受験準備(2期校受験)の勉強をしようとしたが、何故か勉強が手
  つかなかった。更に、1期校不合格のショックも加わり、余計に勉強が手につかず、2期校受験
  はどうなることかと心配している内に2期校受験の時期が近づいて来た。
  2期校受験は、3月20日前後というのに遅い春の雪が降る中で行われた。「案ずるより産むが易し」
  の如く、試験結果は予想外に自分自身ではほぼ完全に出来たと思える結果であり、この分だと合格
  するだろうと思った。結果は案の定合格であり、島根大学に行くことになった。   
  家計への負担、自分自身の健康状態、等々を考慮すると浪人などする選択肢は考えられなかった。

            
 

久吉君と大学受験の下見に行った時写したもの


  

            久吉君と通天閣界隈で                           島根大学下見時

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